戦前の造船技術の結晶、大和。技術者の方にぜひ読んでもらいたい。
戦艦大和を作った男、西島の造艦に捧げた半生を描く。
険悪化する日米関係をにらみ、短期間でしかも安く超弩級戦艦を作ることを要求された西島は、それまでの日本には全くなく、独自に研究、実践してきた生産管理手法や革新的な造船技術を総動員して、海軍の要求に応え大和を送り出すことに成功する。しかし西島の仕事はそれで終わる訳ではなかった。
戦争が進むにつれて、武器や食料、燃料の輸送のための輸送船の重要性が認識されるようになる。占領した南方地域からの資源の輸送や、最前線への物資の補給ができなければ戦争を継続することができないのだから。その統制を海軍が行なうようになると西島がその責任者として登用される。そして、以前にも増して徹底した短期間での建造を要求されるようになる。戦争末期には艦艇の製造の必要がなくなるとともに航空機の製造さえ任されることとなる。
兵器の性能、兵士の技量、士気とともに勝敗を左右する、国の「生産能力」。その「生産戦」「技術戦」という側面の「もう一つの戦争」にスポットライトを当てた、上下2巻に渡る非常に興味深い労作である。現状に決して満足することなく、次々と改革を推し進めて行く西島の姿に技術者としての理想像を見ることができる。技術者の方にぜひ読んでもらいたい本である。
現在に繋がる生産管理の理論
私はこの本を大和の本としてとは読みませんでした。
西島大佐の類い稀なる多種少量個別受注製品の生産管理理論として
読み解いて行きました。
実際、この方式はコンピューターとPERTを組み合わせて、各工程の
着手順を厳密に規定して行くとそのまま「SASP」(「造船の計画管理」
に詳しいです)になります。
何かと遅れがちなPERTを已めてやると、TOC理論の「クリティカルチェーン」
になります。
これは過去の物語ではありません。決して。
現代に生き続ける「戦艦大和」
戦艦大和建造の実質的な現場責任者(船殻主任)は、西島亮二造船少佐(当時35歳)である。西島は戦後、公の場ではほとんど発言することなく沈黙を守り通した。インタビュー嫌いで、雑誌などの依頼原稿もほとんど断っている。その西島が実は原稿用紙一千枚を越える回顧録を書き残していたのだ。「海軍技術大佐(造船)西島亮二回想記録」(防衛庁防衛研修所戦史室、1971年)という、一般には非公開の大部の回想録である。
本書の著者前島は1995年(平成7年)、満93歳になる西島とその家族を訪問して資料の閲覧を願い出る。回想記録とその他膨大な参考資料を突き合わせることによって浮かび上がってくるのは、西島が長い時間をかけ、苦労して独力で開発したすばらしい造船管理法の全容である。
例えば、戦艦大和の船殻工場での工数は99万9千35工数であった。これに対して、2号艦「武蔵」(三菱長崎造船所)の工数は、大和の約2倍以上であり、したがって建造日数、建造費ともに大和より大幅に大きな数字となっている。しかしこの事実は戦後になってもほとんど公にはされていない。
それはともかく、西島が確立した効率的な造船建造システムこそ、敗戦後わずか11年にして日本を造船業世界一に押し上げる原動力となったのである。戦艦「大和」は現代に生きている。 西島の科学的な生産管理システムは、その後の生産大国日本の源流の一つになったといえるであろう。
示唆に富む
これは組織と技術を冷徹に記録した味わうべき本だと思います。
戦艦大和というと、大艦巨砲主義の象徴としての批判の的になったり、
ナショナリズムの対象として語られたりするので難しいと思いますが、
とても深い本です。
当時の日本の技術力、アメリカのすごさ、技術者の献身とその限界、
組織の動きの鈍さ、判断ミスにつながる誤解、等々示唆に富む内容だと思います。
とても勉強になりました。
「大和」をつくったスゴ腕技術者に、心底震えました
ゼロ戦と戦艦大和は、いろんな意味で今も日本人の心をとらえて離さない。 ゼロ戦はたくさんの本を残してもらった。あの堀越さん曽根さんというゼロ戦の技術者も、たくさんの本を残した。小説もある。 では、戦後造船王国になった日本の原点「大和」は、沖縄特攻の戦記物以外にどんな本を残してもらっただろうか。何もないようだ。 戦後生まれの日本人として、現在技術者のはしくれとして、当時大和を建造した技術者たちが、何を考え、どう行動したか、どんな苦労をしてきたかの話を読みたいと思ってきた。 やっと見つかりました。前間さんのこの本です。基になったのは、「大和」の船殻主任で海軍技術大佐・西島亮二氏が、戦後ひそかに残していたという1千枚を越える未公開手記である。 上巻の前半は、西島氏の生い立ちから九大を出て海軍に入ったいきさつをはさみながら、当時の国際情勢と日本の立場を詳細に調べて、大和建造の決定までを丹念に書いている。 戦後造船業界のみならずあらゆる産業に波及した、材料と部品の標準化の徹底化、納期短縮のためのブロック工法の導入などは西島氏がはじめたという。さらに、その後のT自動車のカンバン方式になる部品調達方法と生産管理法まで考案して、造船に導入している。 これらのエピソードとして、大和を建造した海軍呉造船廠が、戦後I重工の造船所となり、I重工がその後、呉の生産管理を電算化システムにしようとした時、西島氏が残した大和の生産管理システムは、ほとんど変更しないでそのまま電算化できたので、大和建造のシステムはいかにすぐれていたか、関係者は非常に驚いたという。やはり、世界最大の大和を短期間に建造できた裏には、こういうスゴイ技術者がいたから可能だったんだと、心底震えた。 後半は、西島氏の記録を随所に引用しながら、いよいよ呉における船体建造に入る。技術者出身の前間さんは船の構造や技術を分かりやすく説明しながら、話を進めてゆく。当時の軍港の町呉の市民はこれをどう見ていたか、秘密保持のため海軍はどうしたかなども紹介している。 上巻では大和はまだ建造の途中ですが、技術者の大先輩の体験談として、何度も興奮しながら読みました。講談社の新書に入ったので残してもらえるようだ。実に読みやすい本なので、ぜひ次代を担う若い人たちにも読み継いでもらいたい本です。
講談社
戦艦大和誕生〈下〉「生産大国日本」の源流 (講談社プラスアルファ文庫) 技術者たちの敗戦 戦艦「大和」開発物語―最強戦艦誕生に秘められたプロセス (光人社NF文庫) 悲劇の発動機「誉」―天才設計者中川良一の苦闘 日本の軍事テクノロジー―技術者たちの太平洋戦争 (光人社NF文庫)
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